2030年のタイムカプセル

つまらない大人にはなりたくない。

《気がすまない》ということ。


 年から巡業生活が増え、ケータイの通話料金が右肩上がり。もともと電話で長話をする習慣はなく、料金プランも待ち受け中心のものにしていたんですが、出張中はフル充電したのが1日で電池切れになるほど使い倒しています。この数カ月の請求書を見て愕然。何とかしなければ。_| ̄|○


 そこで、料金定額の《ウィルコム》を購入しました。月々2900円で同じ《ウイルコム》への通話とメールが使い放題というやつ。それ以外の通話料金もケータイよりは割安になっています(一般電話への通話で1分20円位)。さらに少しでもコストダウンを図るため、現在は、《ウィルコム伝道師》として周りの人間に勧めまくっているところ。



 ころで、何でも自分でやらないと気がすまない人っていますよね。僕もどちらかというとそういうタイプですが…。でも、そういう人もどこかで誰かに助けられているのですよね。人にものを頼むのも一種の《技術》ではないかなと思っています。

 《自分でやらないと気がすまない人》のタイプは、大きく2種類に分けられるのではないでしょうか。一つは他人に気を使ってしまうタイプで、《申し訳ない》という気持ちが先にたつ人。もう一つは基本的に他人を信用することができないタイプ。こういう人は自分の能力に自信を持っている人が多いようで、他人に任せるとイライラしてしまうのでしょうね。

 ホスピスに入院しているTさんも、人に助けてもらうことを潔しとしない方です。《何でも自分でやってきた》方のようで、自分にも他人にも厳しい方です。次の誕生日までに免許の更新ができるようにと、リハビリも一生懸命行っています。でも、残念だけど、今までできていたことがだんだんできなくなってきています。ドクターからは「もう車の運転は無理」と言われています。そういう変化を受け入れるのがTさんにはなかなか難しいようです。

 自分の身体や心を信頼できないと、人はどうしても疑心暗鬼になってしまうのかもしれませんね。2人部屋にいるTさんは、先週入院してきた新しいルームメートとの相性がいまひとつのようで、最近は病室よりラウンジで過ごす時間が長くなっています。今日は貴重品一式を袋に入れて持ってきて「これを身体に括り付けてくれ」と頼まれました。



 近、Tさんは携帯電話を買いました。ずっと一人で暮らしてきたTさんも、人恋しいのだと思います。でも、使い方がなかなか覚えられずイライラすることが多いようです。

 今朝も思うように電話がつながらず癇癪を起こしていました。

「こんなこともできなくなっちゃった、あーあー」
「どうしました?」と声をかけます。
「これ…元に戻らなくなっちゃったんだけど」

 どうやら電話の発信ボタンとiモードのボタンを間違えてしまったようです。

 iモードを終了させてから僕はTさんに言いました。

「良かったら、僕がかけましょうか?」

 ちょっと考えてからTさんは「じゃあお願いします」と電話機を僕に渡してくれました。

 10人ほどが登録されている《電話帳》を呼び出します。
「こいつは…悪い奴だからダメ、こいつもダメ、こいつに連絡したいんだ、こいつだけは信用できる」という人の番号にかけます。

『おかけになった電話番号は現在使われておりません』というメッセージが流れました。

「番号が変わっているようですが…」

「そんなわけないけどな。この前はかかったんだから。あいつ逃げてるのか…」と苦々しい顔がTさんは言いました。


 納得していない様子がありありだったので「もう一回やってみます」と言って操作を何度か行いました(まぁ結果は見えていましたが)。

 10回ほど《おかけになってた電話番号は…》のメッセージをいっしょに聞いてから、「他の方にかけて教えてもらったらいかがですか?」と促しましたが、気が進まないご様子。

「また、後でかけてみますよ、ありがとう」と言って、とりあえずその場を去っていかれましたが、いかにもあきらめきれない表情です。

 4時間活動して、帰り際、Tさんがラウンジの窓辺でつぶやいていました。

「こんなこともできなくなっちゃったよ、あーあー」

 一心不乱に携帯電話を操作していました。






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  1. 2007/11/02(金) 19:16:16|
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ブログのネタのためなら……


 3日間の出張からの帰路。疲れたがそれなりに手ごたえを感じて東京駅から中央線に乗り換えた。でかい荷物を「よっこらしょ」と足元に置き、座席を確保した。

 新宿で乗ってくる乗客が多く、にわかに車内は混んできた。僕の前に女子大生風の二人連れが立った。大柄で髪の長い子と小さくてショートカットの女の子。小さい彼女が、背伸びしてアルミ製のアタッシュケースを網棚に乗せようとしたが、ちょっと身長が足りず、カバンは網棚には届かずに僕の頭のてっぺんを直撃。

 まじ、痛かったです(涙)。

「あ〜〜〜!! すいません!!」

 背の高い連れの子といっしょにあやまってくれた。

「ああ……大丈夫です」と答えた。この場合、ほかに言いようもなかったが。

 ちょっと眠気が襲ってきたが、「この前、ブログでさぁ……」という会話が聞こえてきて目を開ける。最近『ブログ』という言葉に敏感になっている。どうやらこの二人はブロガーだったようだ。

 小さい彼女が「最近、ネタ切れになってきてさぁ」と言った。耳をダンボにしていると、近々サークルのコンパか何かがあるらしい。
 背の高い連れが「何人ぐらい集まるの?」と聞いた。
「う〜んと、40人ぐらいかな」
コンパでネタ探せばいいじゃん」
「そうだね」

 その時、小さい方の彼女(カバンを落とした方=別に根に持ってはいませんが……)が突然、

「あ゛あ゛あ゛〜〜〜〜!!!」
 と叫び声をあげた。

 「ど、どうしたの?」という連れの呼びかけも耳に入らない様子で、カバンから手帳を取り出し、ページを繰り始めた。「ヤバイ、超ヤヴァイ」とおろおろ声になりながら。

 やがて先ほどの連れの問いに応じ「コンパの店、予約するの忘れてた……」と言った。

 電車は吉祥寺に到着。小さい彼女はここで降りた乗客に代わって僕の隣に座り、頭を抱えた。

「どうしようどうしよう……」

 背の高い連れの「彼氏に何とかなる店あるか、聞いてみようか?」という声もろくに聞いていない様子だ。
 少しの沈黙の後、小さい彼女は「でも、このまま店決まらなかったら、ブログのネタとしてはおいしいかもだね」とつぶやいた。

「……………」とあいまいな笑みを返す連れの彼女。

 (もしもしお嬢さん、そんな自虐的なブログ生活では友達なくすよ)

 僕は心の中で突っ込んだが、電車が自分の駅に着いたので席を立った。

 だから、彼女がどういう行動に出るつもりかは知らない。



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  1. 2007/11/02(金) 19:06:31|
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“メメント・モリ”と向かい合った日



 英会話の“駅前留学”に通っていた時のエピソード。

 この日のインストラクターはオーストラリア出身のスミス氏。昨年まで公立中学の非常勤講師も務めていたプロ意識の強い先生だ。日本の中学で教えてただけあって、小さな構文ミスを容赦なく指摘してくる。レッスンをさぼりがちの僕には辛い相手だ。

 しかし、この日のスミス氏はいつもと様子が違っていた。

インドに1カ月行っていたんだ」(この辺は英語での会話ですが、分かりにくいので省略)

 その影響か、いつもはビジネススーツのカタログモデルのようにピシッとしていたはずなのに、服装が妙にカジュアル。しかも髭まで蓄えている。いつもはウォーミングアップ代わりの近況報告の後、即座にレッスンに入るのだが、この日はひたすらインドのエピソードを一方的に話し続けた。

 もともと精神世界に興味があったというスミス氏は、学生時代からアジア圏で生活することを夢みていたという(その意味で勤務地を日本にしたことは、彼にとってはどうだったのだろうか?)。ところが、ツーリストとして1カ月過ごしたインドで彼が見聞きした光景は、彼には非常に大きなインパクトを与えたようだった。

「川で洗濯している人たちの前を、当たり前のように体が流れていくんだ。あれを見て影響を受けない人間はいないよ」

 その言葉で僕が思い出したのは、夏に行った信州の駒ヶ根高原美術館で出遭った藤原新也氏の「メメント・モリ」常設展示の写真たちだった。

 20歳頃、精神世界に傾倒していた友人から「メメント・モリ」(ラテン語で『を想え』という意味の宗教用語)という名前の写真入りの詩集を見せてもらった。その時は、全編のイメージに満ちたその本のことが正直好きになれなかった。

「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」というコメントがつけられ、荒野に打ち捨てられた人の体を野犬が食らい、その様子をカラスが遠巻きに眺めている光景は20歳の僕にはインパクトが強すぎたのだ。
 ただ「メメント・モリ」という言葉は心の片隅に深く刻まれた。

 それからかなりの月日が経ち、Mr.Childrenが歌った「花-Mement-Mori-」という曲が、藤原氏の「メメント・モリ」に捧げたものだということを雑誌の記事で読んだ。
 何の雑誌だったかは忘れてしまったが、リーダーの桜井和寿氏は「人間は生まれたその時からに向かっている。花は散るものだけど、だからこそ心の中に永遠の花を咲かそうという思いを込めて『心の中に永遠なる花を咲かそう』というフレーズを書いた」と述べている。

 白状すると、駒ヶ根高原美術館で「メメント・モリ」の常設展示をやっているということは、美術館に入って初めて知った。何となく記憶の底に沈殿していた『いつかメメント・モリと向かい合いたい」という機会に突然恵まれた。ブラックライトで効果的に演出された空間に大判に引き伸ばされた数々の写真たちがあった。

 20歳の時に見た衝撃はその時も鮮やかだったが、それらの写真たちは僕の心に染み入る感じがした。20歳の頃感じた嫌悪感は全くなかった。

「ニンゲンの体の大部分を占める水は、水蒸気となって空に立ち昇る。それは、雨の一部となって誰かの肩に降りかかるかもしれない。何パーセントかの脂肪は土にしたたり、焼け落ちた炭素は土に栄養を与えて、マリーゴールドの花を咲かせ、カリフラワーをそだてるかもしれない」(「メメント・モリ」より)というメッセージからは勇気をもらえた気がした。

 さっそくミュージアムショップで「メメント・モリ」の書籍を購入した。

メメント・モリメメント・モリ
(1990/05)
藤原 新也

商品詳細を見る


 余談だが、美術館がある地元の中学校では、社会科見学としてこの常設展を見学し、感想文を書かせるらしい。常設展の前に立てられたボードにそのいくつかが飾られていた。13、14歳のティーンエージャーもそれなりに(=生きること)について真剣に考えている(または作品を見て考え始めたのか)ことが十分に伝わってきた。授業の一環でこういう機会を設けることはとても良いことだと思った(というか、20歳の時に受け入れられなかった自分の精神的な未熟さを改めて実感した。トホホ)。


 ところで、その日のスミス氏のレッスンは散々だった。

インドに行ってる間にレッスンの仕方を忘れてしまったらしい」

 インドで悟りを開きかけたのは良かったが、それと引き換えに日常生活のスキルは失くしてしまったようだ。あまり似合っているとは言えない鬚を撫でながらこうつぶやくスミス氏の『周回遅れの夏休みボケ』が抜けるのはいつのことやら。(というか、金返せ)



藤原新也氏
 ●福岡県門司港生まれ。写真家、小説家、エッセイスト。東京藝術大学在学中にペンとカメラを手にインドへ放浪の旅に出、これが全地球へ向かう彼の旅の原点となった。1983年に「メメント・モリ」を上梓。(駒ヶ根美術館「メメント・モリ」常設展示の紹介文より抜粋)

 駒ヶ根高原美術館には「メメント・モリ」の他にも池田満寿夫、草間彌生、ゴヤ、ドーミエ、ルオー、ロダンなどの作品が常設されています。一度見ておいて損はないと思います。近くのペンションや土産物屋で割引券がもらえますよ。
 その隣では天然記念物の「ヒカリゴケ」も見られます。


★ヒカリゴケ ★ヒカリゴケフラッシュ

 ヒカリゴケ。フラッシュ撮影すると下のようにみえる。


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テーマ:暮らし・生活 - ジャンル:ライフ

  1. 2007/10/22(月) 18:29:58|
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『ひとごろし』と言われた日 花配達人の呟き

 その事件があったのはもう二昔も前のことだ。会社乗っ取りで有名なある実業家が経営する都内のホテルから出火し、33名が死亡するという大惨事になった。死亡者は焼死だけでなく、逃げられず9階、10階から飛び降りて亡くなる人も多かったという。

 このホテル火災は人災であるという司法の判断が下り、オーナーであるムライ氏は実刑判決を受けた。

 事故から数年後。ムライ氏は僕が勤めていた花屋の顧客になった。彼が手に入れた会社が入っているビルの一階にうちの店があったからだ。防弾ガラスがはめ込まれているという噂の黒塗りのリムジンが店の前に停まると、店内は慌しい雰囲気に包まれた。
 二人の女性秘書が先に車から降り、ビルの扉を開けてムライ氏を迎える。その後、ゆっくりとムライ氏が姿を現す。それまでに、僕ら店員は店中の商品からプライスカードを抜き取る。ムライ氏に買い叩かれるのを避けるためだ。彼の買い物の仕方は独特だった。店に入ってくると、店のディスプレイの「ここからここまで」と指差し、「全部買うから半額にしろ」という買い方を好んだ。商品が高いか安いかということにはあまり関心がないらしい。たとえば一本500円で売っているバラを「いくら?」と聞かれ、「1000円です」と答えても「高い」と言われたことはなかった。単純に値切ることに快感を覚えるタイプのようだった。
 だからプライスカードは隠さなくてはならなかった。

 この日も秘書を従えてムライ氏が店に入ってきた。普段なら店長が対応するが、この時は席を外していた。やむを得ず補佐役の僕が「いらっしゃいませ」と声をかける。ムライ氏は「明日、花を届けて欲しい」とだけ言い、《後は後に控えている秘書に聞け》とばかりに首をしゃくった。

 全身を黒いスーツに包んだ秘書から伝えられた注文は、ホテルの被災者による合同慰霊祭にムライ氏の名前で花を届けて欲しいというものだった。明日は都内四カ所で合同慰霊祭が開かれることになっている。そこに置く花かごを四対(葬儀などで使う花篭は、祭壇をはさんで左右セットで飾られることが多い)頼まれた。時間と届け先の住所のリストを秘書から受け取ると、ムライ氏は「地味なのはいかんよ。一番立派なやつにしてくれ」と言った。

 この時点で正直、いやな予感がした。ムライ氏の悪名や被災者への対応の悪さは新聞・テレビで報道されていたし、被害者との和解もされていない。そんな相手から誰よりも立派な花が届いたら、受け取り側はどう思うか。
 それでも、届ける前にムライ氏が自らチェックするというので仕方なく、特注の花台に大輪のユリや白いカトレアを挿していった。大物政治家の葬儀に飾られるような上下二段になっている真っ白で豪華な花籠が全部で八個できあがった。

 できあがりをチェックしてもらうため、ムライ氏の秘書に連絡を取る。最上階からムライ氏が現れ「色が足りない」と注文をつける。
「これを入れてくれ」と指差したのは、店に飾ってあった黄色のバラだった。
「ご用向きには合わないと思います」と伝えたが、譲る気配はない。結局、呼び出すことになった店長が「まぁいいんじゃないの」と述べこの話は終わった。
「売れ残りそうなバラの始末ができてよかったじゃん」
 ムライ氏が立ち去ったあと、店長が耳打ちした。

花★黄色のバラ


 翌朝、車に花を積み込み出発した。そして、昨日のいやな予感は、僕の予感をはるかに上回って的中した。

 最初の配達先である都内の斎場。長い参列客が並んでいる。僕は受付に行き「お花のお届けですが、受取りにサインをいただけますか?」」と声をかけた。受付係の男性は「ありがとうございます」と応じてくれ、受取にサインをしようとしたが、送り主の名前を見て顔色が変わった。

「いらないよ! もって帰れ!」
 受付の男性が発した叫び声で喪服の人々が集まってきた。
「ムライが……こんなものを持ってきやがった!」と彼は僕を指差す。
(僕は注文を受けて届けにきただけです)
 ぼそぼそとそんなようなことを呟いたが、あっという間に周りをぐるりと囲まれてしまった。高さが二メートルはある花籠を二つ持っていては、そんなにすばやくは動けない。人々の目はぞっとするほど冷たかった。
「この人はただの花屋さんじゃないの」と言ってくれる人は一人もいなかった。

 何かが額に当たった。飛んできた方を振り向くと、小学生くらいの男の子が立っていた。これほどまでにあからさまな憎しみをぶつけられたのは初めての経験だった。さっき当たったものは、男の子が投げつけた石だった。痛みよりも男の子の視線にショックを受けた。
 男の子は上目遣いで僕を見上げ、「ひとごろし」と呟いた。

 結局、花は受け取ってもらえず、僕は喪服姿の集団に一礼して車に戻っていった。

 その後の三件の配達でも大体、同じような目に合って、僕はボロボロの気分で店に帰った。「ひとごろし」という言葉が頭から離れなかった。


 店に帰って報告すると、ムライ氏はかすかに口を歪め、「それならは払えないな」と言った。慌てふためいた店長が談判し、ムライ氏は少し考えてから宣告した。

「それなら半額払う」

 そう言い捨てて、背中を向けて店を出ていった。

 このエピソードをもとに、一年前、生まれて初めて書いた創作が『復讐はトリカブトの香り』という小説でした。姉妹サイトにアップしています。近いうちに、もっとしっかり書き直したいと思っています。

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花★まるでブーケみたいに


 白い花をブーケのようにアレンジ。花材★バラ(ティネケ)、スプレーカーネーション、トルコギギョウ、アベリアなど。

テーマ:■お花が好き♪ - ジャンル:趣味・実用

  1. 2007/10/16(火) 13:14:31|
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ドライフラワーの花言葉は? 花配達人の呟き

 日本を代表するオフィス街の花屋に勤めていた頃の話。ある日のこと。店に40歳前後と思われる、結構渋めの男性が入ってきた。

「女性に贈りたいんだが……」
 そう言って、店内を見て回っていた彼が選んだのはドライフラワーのアレンジメント。
メッセージをおつけしますか?」と訊ねると、彼は少し考えてから言った。

さよなら、と入れて欲しい」

 それも「さ・よ・な・と一字ずつ区切って」という念の入りようだ。

「お客様……そのようなご用向きにはドライフラワーは合わないと思いますよ」と僕は応じた。
 じゃあどんな花なら合うのかと聞かれても困るけど、ドライフラワーは最悪だと思った。
 ところが男性は「いや、いいんだ。この花がいい」と聞き入れる様子はない。こちらも商売なのでこれ以上追求せず、「さ・よ・な・ら」と書いたメッセージカードをつけてラッピングした。代金5000円也。

 配達も頼まれ、僕が届けることになった。

 届け先はすぐ隣のビル。配達伝票をみると外資系の投資信託銀行に勤めている女性らしい。受付で「○○様にお花のお届けものですが……」と用件を伝えると、対応してくれた受付嬢がその相手だった。年は見たところ20代後半。典型的な「丸の内のOL」というタイプだ。

「それでは……ここにサインお願いします」
 送り主の名前を見て彼女の顔はこわばり、中に入ったメッセージカードを読むと、見るからにうろたえた表情になった。怒ったような、それでいて泣いているような複雑な表情で僕の方を見て「この人、いつお店にきましたか?」「どちらの方に歩いていきましたか?」と詰問口調で聞いてくる。今にも受付を飛び出して、追いかけていきそうな様子になった。手にはドライフラワーのアレンジをしっかり持ったまま。
「ご注文をいただいたのは今日の午前中で、どちらに行かれたかはわかりません……」
 気まずい沈黙が流れた。僕は受け取りのサインをもらわなくちゃいけない。でも「サインを……」と言える雰囲気ではなかった。

 そこに来客がきた(来客を迎えるために彼女がいるのだ)。彼女の勤め先は忙しい会社らしく、ひっきりなしに訪問客がやってくる。彼女は明らかに動揺していて、「いらっしゃいませ」の声は裏返り、相手の名前を聞き違え、来客を伝える部署を間違えたりしていた。手には相変わらずドライフラワーのアレンジを持っていた。

 (この人、この花を家に持って帰って部屋に飾るのかなあ)などとぼんやり考え、少しかわいそうな気持ちになった。だけど僕は受け取りのサインをもらうまでは帰れず、気まずい沈黙はなおもしばらく続くのだった。

 それにしても別れにドライフラワーを贈るとは……。どんなメッセージが込められていたのだろうか。

 ★★葉っぱのアレンジ

 紅葉し始めた葉っぱと実ものをあしらってみました。

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テーマ:つぶやき - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/10/15(月) 15:41:53|
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L(@^▽^@)」 スカートをはいた彼


 僕には、仕事をサポートしてもらっている外部のアドバイザリースタッフが15人ほどいる。僕にとっての「知恵袋」で、年に数回集まってもらって企画やアイデアを捻り出すのを助けてもらっている。その一人にH部長がいる。

 H部長は関西に本社を置くあるメーカーの製造部長だ。年齢は40歳を過ぎているだが、肩まで伸びた長髪が似合うイケメンの男性だった。結婚はしていない。一回りも年が違う僕に対しても、こちらが恐縮してしまうほど礼儀正しく、話しぶりもソフトで、手厳しい面々が集まるアドバイザーの中で僕は一番好感を持っていた。

 ある時、大阪で開いた定例ミーティングで、口の悪いメンバーであるO氏が「Hさんって、話し方とか物腰とか、まるで女みたいだね」と言った。
 確かにH部長には中性的な要素があると、僕も思っていた。しかし、こういう場で口にするのは失礼な言葉だ。一瞬、場にハッとした空気が流れた。

 H部長は「そう……ですかね」と言って、何事もなかったかのように議論を進めていった。

 僕は改めて、H部長の温厚な人柄に敬服した(その代わりO氏の株は僕の中で大暴落した)。

 しばらく経ったある日、大阪でちょっとしたイベントを開催することになり、僕はイベント終了後の懇親パーティにH部長を招待した。
 出欠確認の電話をかけた時、H部長の様子がいつもと違うと感じた。何だか電話の向こうで考え込んでしまっている様子。しばしの沈黙の後、「出てもいいけど、条件があるんだ。聞いてくれる?」とH部長が言った。

「えっ? はい……僕にできることなら何でも言って下さいよ」と応じる。

「パーティにスカートはいて行ってもいい?」

 (えっ? ええ〜〜〜〜〜っ???)

 耳を疑ってしまった。今度はこっちが沈黙する番だった。

「実は……もう会社にも報告済みなんだ」とH部長は事情を説明し始めた。

 以前から感じていたという生き難さの原因が「性同一性障害」と呼ばれるものにあることをH部長が知ったのは、ずいぶん前だったそうだ。一時は死を考えるほど思い悩んだ末、数カ月前に会社を辞めるつもりで上司にカミングアウトした。

 そこでどんなやりとりがあったのか、H部長は話してはくれなかった(「いろいろあったけど……」とはぐらかされた)が、会社はその分野では関西でも名が知られた優秀な技術者であるH部長を慰留し、それまでと変わらぬ待遇で会社に残れることになったそうだ。

「実は、もうスカートで通勤してるんです。工場ではユニフォームに着替えるから通勤姿は別に問題ないって言ってもらえてるんで」
 声のトーンがいつものH部長になったので僕は少しホッとした。H部長さえ良ければ僕には異存はなかった。

「大阪でお会いするのを楽しみにしています」と言って、電話を切った。
大阪。まもなくパーティ開始時刻。僕は準備に走り回りながらも、受付の様子が気になってならない。

「こんばんは」と背中で僕を呼ぶ声。振り返ると、大きな花柄のワンピースを着て、薄く化粧をしたH部長が微笑んでいた。足元はハイヒール。部長は身長が180センチ近くある人で、ヒールを履くと僕は少し見上げる形になった。すごい!! とても男には見えない!!

「え……H部長! 今日はありがとうございます!!」

 僕のスマイルは、ちょっと引きつっていたかも知れない。

 (前持って聞いておいて本当に良かった)と心から思った。

 H部長が「あのね……」と僕に話しかける。

「この前のミーティングで、Oさんが私のこと『女みたい』って言ったでしょ?」

「あ……はい、覚えてます」

「あの時、実はとっても嬉しかったの。スーツにネクタイでも女に見えるなんて、自信がついちゃった!!」

 そういってH部長はスカートを翻し、人の波の中に消えていったのだった。


シルエット女性


 ●長年のビジネスパートナーに関することなので、このエピソードの頃、自分なりに「性同一性障害」について調べてみたことがありました。そこで得た僕なりの結論は「その当人なりの価値観を、たとえ理解できなくても受け入れるべき」というものでした。

 デリケートなテーマなので、読む人によっては不快な気持ちになる方もいらっしゃるかも知れません。ただ、僕は10年近くいっしょに仕事をしてきたH部長の覚悟と勇気には敬服していますし、「昔よりずっと生きやすくなった」というH部長の言葉を嬉しく思っています。

●画像:presented by Microsoft online clipart

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テーマ:悩んでいても何も始まらない - ジャンル:ライフ

  1. 2007/10/09(火) 20:22:59|
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北の酒場で

 「お兄ちゃん…おちゃんぺって何のことか知っとる?」

 閑古鳥が鳴いている店のカウンター越しに《先客》が尋ねてきた
 「いや…知らない」と答える。
 「女性の大事なお○んこのことよ」
 そう言って女性はカラカラと笑った。泥酔の一歩手前といった様子でかなり酔っている。呂律も回らなくなってきている。パッと見は派手な印象。
 「この前娘が子どもを産んでね、おばあちゃんになったんだ」という言葉よりはずっと若く見える。
 真夜中に近い時刻。ようやく止んだと思っていた雪がまた、しんしんと降ってきた。

 去年のクリスマスイブは、何の因果か大雪の中、北陸の小さな街に取材旅行に出かける羽目になった。北陸でも何十年に一度という大雪が降って取材の日程が延びに延び、結局イブに行かざるを得なくなってしまったのだ。
 ピークは過ぎたとはいうものの、雪の影響で新幹線もJRも思い出したようにしか走らない。午後一番に予定していた取材が始まったのが夜の8時過ぎ。終わって、安いビジネスホテルのベッドで倒れるように眠り込み、空腹で目が覚めてウロウロと駅前の居酒屋に入っていった。コの字型のカウンター席しかない小さな居酒屋だ。
 居酒屋のオヤジにくだを巻いていた《先客》にとって、僕は格好の暇つぶしの相手になったわけだ。彼女は《みちこ》と名乗った。一人で彼女の相手をしていた店主は、僕が入ってくると厨房に籠って出てこなくなった。

北陸の小さな居酒屋

 みちこさんはしばらく下半身の話題を僕に振って来たが、あいにく疲れきったうえに半分寝ぼけてる僕の乗りが悪かったせいか、突然、自分のこれまでの人生を語り始めた。
 「親と仲が悪くてさ…家出するように大阪に出て行って、水商売をしてたのさ」
 そこで常連客だった男と結婚して娘が生まれた。たまたま旦那も同じ北陸の街の出身で、大阪に転勤できていた。
 「自分と親のような冷たい関係にはしたくなったから自分なりに頑張ったつもりだったけど、やっぱりダメでね…」
 娘はティーンエージの頃から家に帰らなくなり、たまに帰ってきても喧嘩ばかりの日々だったという。
 「男つくって、子どもができたんだけど、その男が最低の奴で、自分の子かどうか分からんとか言い出して逃げちまったんだよ」
 「そりゃ、人間の屑だね」 
 「娘もわたしから見たら子どもだと思ってたから、おろしてしまえと言ったんだ。そしたらね…」
 みちこさんはそこで言葉を切った。店主に酒のお代わりを注文する。

 「命を奪うことなんてできないって怒られた」
 孫が生まれたことがきっかけで、女遊びが原因で冷え切ってきたみちこさんのご主人との関係も少しだけ修復された。ご主人は転勤で再び故郷の北陸に戻ることになり、みちこさんは水商売を辞め、娘と孫と共に帰ってきたのだという。それが2年前のこと。娘さんはこちらで縁があり、家庭を持った。
 「みんなに迷惑かけて生きてきたけどさ、自分の孫を殺してしまえなんて…もうちょっとで人間の屑になるとこだった。わたしを怒ってくれた娘には感謝してるし、尊敬してるよ」
 「そんなら、クリスマスイブに家にいないでいいの?」
 「娘は旦那の家族と過ごしてるし、わたしの旦那は飲み屋で女の尻を舐め回してるよ。世間が楽しいときは、わが家は寂しいとき」
 しんみりした空気が流れた時、新しい客が店に入ってきた。パンチパーマをかけた30歳ぐらいの男性。みちこさんに軽く会釈する。常連同士らしい。みちこさんのテンションはいきなり高くなった。
 「おい大仏! イブにまでこんな小汚い店に一人で来てんじゃないよ。こちら…東京から来たお兄さんだよ」
 紹介されたので仕方なく僕らは会釈し合った。店主が《大仏》氏に「ご注文は?」と尋ねる。
 「何か肉を食いたい気分なんすよ」
 「そんならち○ぽ切って食え」

 続いて、50代ぐらいの小柄な男性客三人が入ってきた。
 「こんな雪は俺らも久々だ。雪かきがきついきつい」
 一つの男性が愚痴をこぼす。すかさずみちこさんの毒舌が飛んでくる。
 「またもてない奴らがきやがったか。おいコロボックル。雪に埋もれてたんか?」
 いつものことなのか、男性たちは苦笑いを浮かべて言われるままになっている。
 それからみちこさんはしばらく下ネタをふり、毒舌を撒き散らし、ふいに立ち上がった。
 「おしっこ」
 みちこさんの姿が見えなくなったところで、僕は退散することにした。
 コロボックルと呼ばれた男性の一人が僕に声をかけてきた。
 「おばはんの話にずっと付き合ってたんか? ご苦労さん」
 「いや…聞いてる分には面白かったですよ」
 「あのおばはんな、シラフの時はどこにいるかわからんほどおとなしい女なんよ。それが飲むとああなる」
 酒乱の気があるのか。
 「ご主人のこととかで、いろいろ苦労されてたみたいですね」
 僕がそういうと、コロボックルの三人はニヤリと笑った。
 「おばはんの旦那は真面目ないい男だぜ。たぶん…そろそろ迎えにくる頃だ」
 「そうそう…この店で好きなこと言って、旦那が迎えにくるとおとなしく帰っていくんよ」
 みちこさんがトイレから出てきた。
 「帰るの、お兄さん?」
 僕はみちこさんに軽く手をあげ、店を出た。

 世の中にはいろんな夫婦がいるもんだ。

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テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/07/07(土) 16:35:56|
  2. 心に残る言葉
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