2030年のタイムカプセル

つまらない大人にはなりたくない。

昨日と明日のあいだに 第23話 顔のないライバル


 おはよー

 夕ごはん食べ終わりました。
 デザートにイチゴがでました。
 お姉ちゃんは自分の分もくれました。やさしいお姉ちゃん。
 おなかいっぱいになったらねむくなってきました。
 おふろは明日にします。
 こんなふけつな23歳でいいのでしょーか?
 でもねむい。おやすみなさい。

 (2007年9月10日 20時34分)


 夜9時を回ったところ。僕は職場のPCからレディコスモスの日記を読んでいた。いつもと同じく「おはよー」で始まる身辺雑記。
 コメントを書くためキーボードを叩き始めた。

 コスモスさんはイチゴが好きなんですね。イチゴの他に好きな食べ物は何ですか?
 《コスモス》というハンドルネームにはどんな思い出があるのでしょうか?
byナイトホーク(2007年9月10日 21時12分)


 「イエス/ノー」では答えにくいコメントを書き終わって僕のサイトに戻った。やはり、コメントは入っていなかった。僕の質問に対する答えは登録されてなかったのだろう。
 明日の早朝の取材に備えて、この日は職場に泊まるつもりだった。
 「日本の民間信仰」の本はいまのところ僕の手を離れていた。「雑学解体新書」で僕が担当しているもう一冊の「切ない花の神話」の原稿を読み始めた。

【コスモスの伝説】

 ヨーロッパの小高い丘の上に可憐で心優しい少女が病弱な父親と二人きりで暮らしていた。近くには少女に恋心を抱くきこりの青年が住んでいた。少女も青年のことを大切に思っていた。
 粗暴なガストンというきこりが少女を自分のものにしようと虎視眈々と狙っていた。病弱な少女の父が亡くなると、ガストンは少女の家に押しかけてきて「俺といっしょになれ」と迫った。力ずくで少女を押し倒そうとした時、青年が現れて少女を救い出した。二人は逃げ出したが、ガストンを振り切ることはできそうもない。
 追ってきたガストンの手が少女の肩にかかった時、少女は一瞬にしてピンクの花に姿を変えた。少女を守ろうとした青年も白い花に姿を変えた。

 丘にはピンクと白の花が一面に咲き、ガストンはただ一人取り残された。
 コスモスの花言葉:乙女の真心・純潔

 その夜は、レディコスモスからのレスはなかった。
 翌朝、外出する前に再びレディコスモスのサイトをのぞいた。

おはよー
 わたしはイチゴのほかにはスイカが好き。メロンも好き。
 コスモスが好きなのは秋が好きだから。暑いのも寒いのも嫌い。
(2007年9月11日 7時52分)


 僕の質問に対する答えなのだとわかった。
 
■コスモスさんへ
 僕もスイカは好きですよ。
 季節は夏が好きです。春もいいけど花粉症が辛いから。
 コスモスさんは大丈夫ですか?
 byナイトホーク(2007年9月11日 8時34分)


 コメント欄には僕のほかに2人がコメントを残していた。

 ■Re.おはよー
 この前、帝国ホテルのパーティに参加したらスイカとメロンが食べ放題だった。今度いっしょにいこうね。
 by愛の戦士(2007年9月11日 7時58分)

 ■Re.おはよー
 今度、最高のイチゴを送ってあげる。俺のメールに住所を書いて送ってくれないか?
 メールアドレスは×××@××××jp
 by旅するシティハンター(2007年9月11日 8時02分)


 こいつら…出会い系と間違えてるんじゃないのか?

 まるで小学生の女の子に群がるロリコン男たちの姿を想像して気分が悪くなった。
 いずれのコメントにもコスモスからのレスはない。ブログのコメントのレスは自分のコメント欄に書くのが一般的だと思うが、彼女は相手のサイトでコメントする主義のようだ。
 僕以外の訪問者たちがどんなブログを作っているのかのぞいてやることにした。それと、コスモスがどんなレスをしているのかも。
 まず《愛の戦士》というハンドルネームの男だ。
 風俗に行った体験談を女の子との会話を交えて書いているサイトだった。

 「タフね」とアリサちゃんは終わったあとほめてくれた。単なる営業トークでないものを感じた。
 「いつも鍛えてるからね」というと、「やっぱー! そんな感じ」とアリサちゃんは目を輝かせた。


 あほだ、こいつは。

 次に《旅するシティハンター》のサイト。

 こいつは一言でいうと《オフ会大好き男》だ。出会い系やブログで知り合った女性とリアルで会った時の様子を書いている。

 プロフィールの画像とはまるで別人だった。よくあることだが、これは詐欺ではないのか?
 こんな女には天誅を加えてやる。


 女性がこのブログをみたらどう思うだろうか? 無神経さに腹がたった。
 まさかコスモスがこんな日記にコメントはしていないだろう。画面をスクロールしてコスモスのコメントを探した。あった。

 おっとなーってかんじだね。わたしは顔写真はアップしてないけどブスじゃないよ。
 byレディコスモス(2007年9月11日 8時28分)


 小学生調の文章だ。明らかに僕のところのコメントとは文体が違う。これはどういうことなのだろう?
 日記とコメントで裏表がないということはリラックスしているとてみることができる。僕に対するコメントは、いわば《よそ行き》だ。
 しかし…と考え直す。
 知性のある女性がばかっぽい女の子を演じることはできても、その逆は難しいだろう。もしコスモスが少し頭の弱い女の子を演じることで、群がる男たちをおちょくっているのだとしたら、僕にだけは本当の自分をみせてくれていることになる。
 その日は終日、レディコスモスの姿を想像してもやもやした。
 僕のイメージの中のコスモスは、若さに眩しさとジェラシーを感じ始めている30歳前後の女性で、知的な会話ができるパートナーを探している設定になっていた。
 長いレスを瞬時に返してくるのは、僕がどんな風に切り返すのかを試しているのだ。かなり自分に都合のいい解釈だったが、だんだんそうに違いないと思えてきた。
 その数日後、小さな事件が起きて、僕とコスモスの距離は一気に近づくことになった。

●第24話につづく。
 


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  1. 2007/08/27(月) 13:08:23|
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