2030年のタイムカプセル

つまらない大人にはなりたくない。

内気な六回戦ボーイ



 僕の会社のグループにDTP・デザインを手がける会社がある。そこで、あるラーメンチェーンの店内装飾の仕事を受注した。といっても今回はラーメンの話ではない。ラーメンチェーンの店主は大のボクシング好きで、某有名ジムの後援会長を務めている。そこでボクシングの招待券をもらった。タイトルマッチではなく、メインイベントが10回戦のノンタイトルだったが、昔からボクシングは好きなので、同僚2人と後楽園ホールまででかけていった。

 後楽園ホールは格闘技の「聖地」だ。特にボクシングでは数々の世界チャンプがここを足掛かりに世界への階段を登っていった。漫画の「明日のジョー」で矢吹丈が力石徹と演じた壮絶なドラマも、ここ後楽園ホールのリングでのことだった。

 デート向けの場所ではない。壁は薄汚れていて、あちこちにへこみがある。そのへこみも(もしかしたら、負けてしまったボクサーが力を出し切れなかった悔しさを紛らわすため、殴ったり蹴ったりしてできたものかも知れない)と想像すると切ないような不思議な感覚がこみあがってくる。

 客席はがらがら。スタジアムに比べると大きくはない会場だが1割も入っていない。数えられるほどだ。実際に数えてみた。100人に少し満たない。それも選手やジムの関係者がほとんどなのだろう。リングサイドに設えている無人の報道席が物哀しさをそそる。

 四回戦や六回戦レベルのボクシングの試合は、テレビで放映される世界タイトルマッチとは、はっきり言って別物。ピラミッドの頂点およびその周辺にいるアスリートたちが見せるダンスのような動きに比べ、もっと原初的というか、ルールのある喧嘩に近いもの。それに、何と言っても舞台装置が違う。格闘系のスポーツを「ショー」にするには実況や観客が不可欠。ダウンを奪っても歓声があがらない殴り合いは、スポーツと呼ぶには少々生々し過ぎる。

 何試合目かに一人の選手がリングに上がると、僕らの後に座っていた団体から気乗りのしない感じの歓声があがった。その選手が声があがった方を向き、軽く会釈する。知り合いのようだ。ホール受付でもらったパンフレットによると「21歳。東北出身。これまでの戦績0勝2敗」とあった。あまり大手のジムの選手ではなかった。ライト級(体重リミット135ポンド=61.23kg)の選手にしては背が高いなと思った。対戦相手より頭一つ高い。

 ゴングが鳴った。双方積極的には打ってこない。手数も多くない。僕らの後から「だめだよ! 手ェ出さないと!あ〜だめだ」と声が飛ぶ。口が悪い。応援しているというよりただ野次ってるみたいだ。

 どちらにも有効打のないまま1ラウンド終了。後の応援団(?)からため息があがる。一番辛口だった25、26歳位の『団長』格の男性が「ったく! あいつの試合はつまんねえよな」とぼやく。確かに僕もそう思ったが、知り合いならもう少し言い方もあるだろう。軽い怒りを覚えた。

 2、3ラウンドもあまり見せ場がないまま終了。そして最終の4ラウンドが始まった。先の男性の「後でしばきだ」というつぶやきが聞こえてきて、僕はリング上の選手に心から同情する。

 この時点で、僕は心の中で彼のことを『ノッポくん』と呼んでいた。某少年誌に連載中のボクシングマンガ「はじめの一歩」からの連想で、元いじめられッ子で日本チャンプになっても先輩ボクサーの“パシリ”にされる主人公「幕ノ内一歩」とキャラがかぶったからだ(知らない人、ごめんなさい)。背が高いから『ノッポくん』。3ラウンドまでは動きが小気味良い対戦相手の方を何となく応援していたのだが、最終ラウンドは俄然ノッポくんに肩入れする。負けてさらに関係者にしばかれるのじゃあんまりだ。

 その時……

 ノッポくんの右フックがカウンター気味に入った。あまり力のあるパンチではなかったが、相手が2、3歩よろめく。「おおっ!!」と初めて後の応援団(?)が沸く。しかし見せ場はそこまで。勝負は判定へ持ち越される。

 結果は……

 僅差だったがレフリィはノッポくんの手を上げた。彼にとってはプロ初勝利になった。

シャドーボクシング


 ホールを出る時は、仁侠映画を見終わった後の“高倉健もどき”みたいな気分になっていた。仕事に戻るムードではなかったが、そうもいかない。同僚たちと食事をしビールを1本だけ飲もうということになった。あまりおしゃれな店は今の気分ではないので、「餃子の王将」に入る。

 2階の座敷に通された。奥に先ほどのノッポくんの応援団(?)が陣取っていた。ノッポくんもいる。ありがとうございますと頭を下げながらお酌をして回っている。
 さっきの口の悪い『団長』が、「お前も才能ないけど、まあ頑張れよ」と言って速いピッチで杯を空けている。ノッポくんはすかさずビールを注ぎ足す。


 僕らより一足先に彼らが店を出る。ノッポくんは応援に使った旗とかを持たされすごい大荷物になっている。階段を下りかけた時、荷物の一つが床に落ちた。ノッポくんの体勢では拾えそうにない。代わりに拾って手渡してあげた。
 ノッポくんは嬉しそうに「あ、ありがとうございます」と僕に礼をいう。(こいつ、いい奴なんだな〜)と一瞬で好意を持ってしまう。

「試合……見てましたよ。初勝利おめでとうございます」と声をかけた。

「え!? 本当ですか? 見てたんですか? ありがとうございます!!!」

「こら○○! 行くぞ!!」という『団長』の怒声で会話はそこまで。彼は僕に一礼し、小走りで「応援団」に合流する。店を出る前にもう一度僕に頭を下げ、彼の姿は視界から消えていった。


 それ以来、ノンタイトルのボクシングが気に入ってしまった僕は、無料チケットをゲットするため、昼食時にはせっせとラーメン屋に足を運んでいる。


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  1. 2007/10/21(日) 21:36:48|
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