2030年のタイムカプセル

つまらない大人にはなりたくない。

懲りないひと



 親ががんの告知を受けたとき、1カ月だけ禁煙したことがある。幸い、術後5年を経過し今のところ転移も見られずに生活しているが、「手術することになった」と連絡を受けた時は「くるべきものがきたか」と思ったものだ。

 親は“病気の総合商社”(一時期は流行った言い回しだが)と言えるほど、いろんな病気を抱えている人だ。肝硬変に糖尿病、心筋梗塞などなど。がんが発見されたのも、脳梗塞で入院している時にたまたま検査で胃に陰があったのが分かったためだ。

 がんの手術で入院(再入院? 再々入院?)することになった時、一番にとって辛かったのが煙草が吸えなくなることだった。脳梗塞で入院していた時は、暇があれば(検査している時以外はすべて)病院の喫煙コーナーにたむろしていた。さすがにがんの手術となると、主治医の先生から「煙草は厳禁」と言い渡された。

 いよいよ手術当日。ストレッチャーに乗せられたが手術室に入る時、僕に「煙草をやめるなら若いうちだぞ」と話しかけてきた。「この年になるとやめるのは辛くて辛くて…」と言い残して手術室に消えていった。遺言という感じではまったくなく、ただのグチ? それとも「死ぬ前にもう一本煙草を吸いたかった」と言いたかったのか?

 の言葉の真意は分からなかった(そういえば、いまも聞いていない)が、その時なんとはなしに(禁煙してみようか)と思いついた。とりあえず退院するまでは。ちょっとだけ「願掛け」という気持ちもあった。


 手術は終了まで3時間以上かかり、胃を全摘することになったが、他に転移もなかったと後で先生から報告を受けた。


 約4週間の入院生活の間、週に1、2回程度のペースで見舞いに行った。「煙草が吸いたい」という言葉は一度も聞かなかった。

 いよいよ退院できるという日は日曜日だった。ホスピスの活動日ではあったが、さすがに身内優先ということで休みをもらい、車で病院まで迎えに行った。は既に帰り支度を済ませていた。たぶん僕の到着があと5分遅かったら電車で帰っていただろう。「何時に行くから待ってて」という時間の約束をまったく聞かない人なのだ。

 病院を出てすぐのところでが「ちょっと下ろしてくれ」と言った。(何か病院に忘れ物?)と思い車を道路脇に止めるとさっさと降りてしまう。戻ってきた時は「キャスターマイルド」を1カートン抱えていた。すぐに1本取り出し、火をつけうまそうに煙を吐いた。

 親に付き合うつもりで禁煙していたことが何だかむなしくなり、僕の禁煙生活もその日で終了となった。


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  1. 2007/10/22(月) 13:11:30|
  2. ヤマアラシのジレンマ
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