
すっかり煮詰まってしまった僕は、逃げ込むように飛び込んだ歌舞伎町の路地裏でショットバーの看板をみつけた。飲んでいないと間が持たなかったから、不味い付き合い酒を摂取し過ぎたため少々痺れた頭で狭い階段を上り、重たい扉を開けた。
「何か用?」
カウンターの後に立っていた若い男の言葉は、予想していなかったものだった。いくら無愛想なバーでも「いらっしゃい」ぐらいは言うものだ。
「あ……閉店なの?」
先ほどまで上司に媚をうっていた舌が、卑屈なセリフを吐いた。こちらが下手にでる状況ではないと、軽い自己嫌悪に襲われる。
「酒、飲みにきたんですか? じゃあどうぞ」
あまり嬉しそうでもなく、バーテンダーは僕に手招きした。黒いTシャツにブラックジーンズ。やや長めの黒髪を自分でカットしたような無造作なスタイルにしている。ひいき目にみても、あまりファッションに気を使っているタイプにはみえない。生気のないガラス玉のような目をした男だ。歳は30ぐらいにみえるが、もっと若いのかもしれない。
店内には客は一人もいなかった。その代わり、ドクロに占領されていた。ティム・バートンの「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」の主人公ジャック・スケリントンのフィギュアが多かったが、ハロウィンの飾り物や海賊旗のミニチュアもある。薄暗いカウンターに置かれているキャンドルスタンドはオレンジのかぼちゃにドクロの顔が彫られていた。
壁にはティム・バートンの「コープスブライド」のポスターが張られていた。手違いで死者の花嫁に結婚の申込をしてしまった男の話だ。カウンターの酒棚の横にはセックスピストルズのシド・ビシャスと浜崎あゆみのポスター。インテリアの統一感を無視し、徹頭徹尾自分の好きなものだけで固められた店だ。
「階段途中にビデオ屋があったでしょ」
バーテンダーがキャンドルスタンドを少し脇に押しやり、おしぼりを僕の前に置いた。いじめっ子のおもちゃ箱をひっくり返したような、カウンターが六脚だけの小さな店。地震があったときには決していたくない場所だ。そういえば、確かに階段の中ほどにドアがあり、中から光が漏れていた。
「ヤクザが経営している裏モノを専門に扱っている店。看板を出してないから、客がよく間違えて入ってくるんです」
《客》といった時、バーテンダーは毒虫でも触ったような顔をした。
「家出少女を騙して売春させ、それを隠しカメラで撮影したものを流している。そんなのが欲しくて、わざわざ歌舞伎町にやってくる連中が結構いるんですよ」
僕は頷いた。バーテンダーがうんざりするのももっともかも知れないが、こちらもボロボロの気分を癒したくてバーにきたのだ。
「コスモポリタンある?」
メニューもみずに、バブルの頃流行った軽いカクテルの名前を口走っていた。チャラチャラしたプチ長者が好んで飲んでいた酒をなぜ選んだのか自分でも分からない。とにかく、今夜はもう強い酒はいらなかった。バーテンダーはのろのろと酒を作る作業に取り掛かった。
「ここは常連が多いの?」
背中を向けていたバーテンダーに声をかけた。一対一での沈黙が苦手で、別に聞きたくもないことを尋ねてしまうのが僕の常だった。一人になりたくてやってきたバーでまで気を使ってしまう自分が寂しかった。
「常連さんしか来ませんね。ここ場所悪いし、外から目立たないから」
「今日は暇な日なのかな?」
「まだ時間が早いから。夜中過ぎからボチボチ入ってきますよ。仕事がおわった風俗嬢とか」
一向に酒が出てくる気配はなかった。酒棚をひっくり返していたバーテンダーは僕の方を振り向いて、
「すいませんが、クランベリージュースが切れてました」 と申し訳ないという様子もなしに言った。
「それじゃ仕方ないね」
パソコンで手作りしたという感じのメニューに目を走らせる。一番下に《オリジナルカクテル》と書かれ『ネクロフィリア』という名がついたカクテルがあった。どこかで聞いたことのある言葉だが、咄嗟に意味を思い出せなかった。
「このオリジナルは、どんな味なの?」
一貫して無愛想だったバーテンダーの顔が、一瞬輝いたようにみえた。
「パッションフルーツのリキュールにブルーキュラソーで色をつけ、アクセントにカルピスを加えてます。それにトニックウォーターでライトに仕上げています」
若い女の子が好むようなレシピだが、明らかにバーテンダーは上機嫌になっている。僕が店に入ってから、一度も目を会わせようとしなかった彼は、いまや真っすぐに僕を見つめている。甘ったるい酒は苦手だが、軽めのカクテルで今夜を締めようと考えていた僕は、その酒を頼むことにした。
バーテンダーは俄然動きがよくなった。狭いカウンターの中を器用に泳ぎまわるようにブルーのラベルの酒を取り、シェーカーに氷を入れる。リモコンのスイッチを入れると、店の奥に置かれたビデオがオンになった。奥の壁をほぼ埋め尽くしている60インチはある大画面だ。
浜崎あゆみのライブ映像が流れ始めた。バーテンダーはシェーカーの蓋を閉めると、鼻歌を唄いながらリズミカルにシェーカーを振り始めた。
その時、店の扉が開いた。太って夜なのに汗をかいた30歳ぐらいの男の顔がのぞき、店内を見回した。手にビニール袋を下げている。黒いビデオのパッケージが入っているのがわかった。
「何?」
バーテンダーの声は僕に浴びせた時より冷たかった。無愛想なだけでなく、敵意が感じられた。
「い、いや別に……」
男は少しどもりながら、乱暴にドアを閉めた。
「変態野郎が……」
あまりにも傍若無人に振舞うバーテンダーに少し腹がたった。ちょっとだけ嫌味でも言ってやろうか。
「ビデオ屋は結構流行ってるみたいじゃない。ここの客になってくれれば売上も上がるんじゃないの?」
シェークする手を止め、バーテンダーは僕の方をみた。怒っているというより驚いた表情を浮かべていた。
「変態に客になってもらおうとは思いませんね」
「確かに、家出少女のハメ撮りビデオを買いに来る客は最低だと思うけど、もっと悪いのは売る奴だろ。やってることはAVと同じじゃないのかな」
「売る奴のことは別になんとも思ってないですよ。嫌いなのは若い女たちですよ」
バーテンダーは止めていた手を再び動かし始めた。最後にハードシェイクを数回し、タンブラーに酒を注いだ。
「あの生命力が夜の街にはうっとうしいんですよ。夜を過ごすなら、もっと静かな女がいい」
「じゃあ、あんなのはどう?」
僕は壁に張られた死体の花嫁を指差した。『ナイトメア――』と同じデザインチームが作った目が大きくて青白い顔をしたアニメキャラ。こいつにはお似合いかもしれない。
「お客さん、いい趣味してますね」
バーテンダーが不健康そうな顔に似合わない、白い歯をみせて笑った。
「そう、あんなのがいい。究極の理想形は屍体ですね」
バーテンダーが浮かべた表情で、僕は一気に酔いが覚めた。
「店に来る風俗の女の子もいい線いってるんですよ。不健康な生活しているから肌もボロボロだし、呼吸さえしてなきゃ僕のタイプなんですけどね」
僕の言葉は奴のツボにはまってしまったようだ。バーテンダーがビデオの画面で歌っている浜崎あゆみの姿を眺めながら、あゆも時々いい顔するんだけどなあ――と呟いた。
「おまたせしました」
僕の前に置かれたカクテルは、前にテレビでみたヒマラヤのケシの花のように鮮やかなブルーだった。
ふいに思い出した。
ネクロフィリアとは、死体愛好家を意味する言葉であることを。
バーテンダーは白い歯を覘かせたまま、僕が飲むところを見つめていた。僕の顔から目を逸らさない。
バーテンダーの視線を逃れるように、僕は青い液体を一口で半分ほど流し込んだ。
「死体愛好家」と名づけられたカクテルは、微かな甘さが舌の先に残る味がした。



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★昨夜のできごとを元に書いた夜の街の風景です。
テーマ:ショートショート - ジャンル:小説・文学
- 2007/09/10(月) 16:25:02|
- 小説
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| コメント:2
確かにご指摘の通り、固有名詞の繰り返しはくどい感じですね。ありがとうございます。
この話は、スケッチのつもりで書きました。何かの導入部に発展させても良いかもしれません。
行間のご指摘は頭が痛かったところです。テンプレートを変更した際、最初のイメージときかなり変わってしまったところがあります。
考えてみます。
- 2007/10/13(土) 22:36:47 |
- URL |
- 御堂なかよし #EmPGCRXI
- [ 編集]
小説の書き出しのような作品。
そんな印象を受けました。
気になったところといえば、ティムバーティンが2回でてきた所。
これは1つにまとめた方がいいかもですね。
説明文に興味がない方はその部分を飛ばして読んでしまう傾向があるようですので。
あとは。行間でしょうか。
テンプレートの設定で行間を広げたほうが読みやすくなるかもです^^
物書き初心者の戯言とお受け流しくださいませ^^
テンプレート名が分かれば、行間の設定方法を少し私のほうで検討できるかもしれません。
それでは今夜はこの辺で^^
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- 2007/10/13(土) 00:01:43 |
- URL |
- 奈緒 #-
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